ゼロ・グラビティ


私はめったに映画館に足を運んでまで鑑賞することってないのですけど…

劇場スクリーンならではの音響や臨場感が絶対に欠かせない作品で、興味をそそられた時だけは
(実際、それ系の作品はスルー率が高いのですが…)
見に行きます。

そんなわけで久々に夫婦で映画鑑賞なのでした。

「 ゼロ・グラビティ」



《監督/脚本/制作/編集》アルフォンソ・キュアロン
《キャスト》 サンドラ・ブロック/ジョージ・クルーニー

サンドラ・ブロックといえば日本の震災時、多額の寄付と共にそのコメントが印象に残っています。



「幸運にもわたしはそういう支援できる環境にあるから、やるべきことを行っただけ、これまで意味をなさなかったお金が、必要とされる場所で理にかなった使われ方をしただけなの。またそれを寄付することで、新たな息吹が目覚めるとも思ったわ。日本人であろうとなかろうと、わたしたちはみんなつながっていると思っている。もし、同じような被害をアメリカが受けたら、日本はきっと同じことをしてくれるとも信じているわ!」

こんな素敵な事を仰る人格者なのです。

私がこれまで彼女の作品で好きなのは、、
「しあわせの隠れ場所」(原題: The Blind Side)2009年/米という作品でした。
これは実話を基にした映画で、とても奥の深いヒューマンドラマ。サンドラの演技がナチュラルで、その人となりが表れてるようで、彼女のことを一気に好きになったほどです...(^^;



今回の作品はアルフォンソ監督です。
主な作品は「天国の口、終わりの楽園」「リトル・プリンセス」「ハリー・ポッター」あたりはまぁ良いとして、他に目を通すと、、ありました!「大いなる遺産」(98年)イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの半自叙伝的な長編小説を基にした映画…

イーサン・ホークとグウィネス・パルトロー主演で、凄く深く心に残っている私の好きな作品の1つ。

ちょっとホッとしたところで、説明にもどります(笑)

ここから先は少々ネタバレでございます...(笑)



「地上372マイル、音を伝えるものは何もない、気圧もない  酸素もない、宇宙で生命は存続できない」

こんな言葉がスクリーンに映し出され静かに始まります。

無重力空間<ゼロ・グラビティ>での突然の事故で、宇宙の暗闇に投げ出されたメディカル・エンジニアのライアン・ストーン博士(サンドラ・ブロック)とベテラン宇宙飛行士のマット・コワルスキー(ジョージ・クルーニー)果たして二人は次々と襲いかかる危機を突破し、地球に帰ることが出来るのかー?

生と死…というお決まりの絶対的テーマを扱った作品である事は確かです。

まず内容はさておき、臨場感溢れる音響効果や3D画像も自然かつ迫力満点な仕上がりで、自分も宇宙空間にいるような錯覚を起こさせられます。



映像のアングルで新鮮だったのが、宇宙服のヘルメット内部にカメラが入り、ライアン視点でグルグル回転しながら宇宙空間に放り出されるシーンなどは、酔いやすい人なら注意が必要なほどのリアリティーでした(笑)

爆破償却で、粉々に破壊された人工衛星の破片が観客である私達の直ぐ目前まで猛スピードで飛んでくると思わず避けたくなりました(笑)

舞台は終始一貫して、とにかく宇宙!

そしてほとんど二人きりの登場人物と台詞…



シンプルだからこそ余分なものが削ぎ落とされ、作者が伝えたいことが浮き上がり色んなメッセージが伝わってくる完成度の高い作品だと思いました。

ライアンが男のような名前である事について、
「私の父親は男の子がほしかった...」
と、極端に簡単な説明で済ませた時、描かれていない背景が浮かび上がる気がしました。

保守的な家庭で育ち、不安定な自尊心のまま知的な宇宙飛行士となった女性...
自分のうつしみのような存在の娘の死と離婚...
過酷な宇宙空間の現実に追い詰められ
「私は天涯孤独だ」と完全に心を閉ざしてしまう。
というよりずっと以前から
「生ける屍」だったライアン....



一方、何事にも冷静沈着で常にユーモアのある話で周りを落ち着かせ誘導してくれる頼もしい存在のマット。

彼は混乱しきったライアンを落ち着かせるかのように常に質問をして彼女から話を聞き出したり何とも知れないバカ話をして、おどけ続けるが、自分の事にはさほど何も触れないし語らない。

そんな時、最悪な事態がおき
「君は生きて地球へ帰れ必ず生還すると誓うんだ」
と互いの身体を繋いでいたロープを自ら切り放す
一瞬で、自らの存在意義を全て表現する様は、胸が熱くなりました。



トラブルに次ぐトラブルから挫折し、一旦は緩慢な自殺を試みるライアン…
意識が遠退き一種のトランス状態となった時、マットの幻影が現れて言いました。

「帰りたくないのか?いいよ、残りたきゃ。だったらシステムを切り全て明かりを消せ。目を閉じて他人を占め出せ。誰も邪魔はしない。安全さ。ここは居心地がいい。傷つけるものは周りにいない。
静かで孤独な空間だ。だが、それで生きる理由がどこにある?
君は娘を失った。これ以上の悲しみはない。でも、 (今こうして)生かされている意味はある。
進むと決めればひたすら行ける。大切なのは、今をどうするかだ。大地を踏みしめ自分の人生を生きろ。」

この言葉は勿論マットの言葉ではなく、自らの奥底にある生存本能であり自分の中にあった真実の言葉だったのです。

そして勇気を奮い立たせライアンは再生します。

クライマックスのシーンも鳥肌ものでした。

「このミッションは嫌な予感がしていた...いや、話なんてどうでもいい!結果は2つしかないわ。
無事に生還して奇想天外な話を聞かせられるか、10分後に焼け死ぬかのどちらかよ!どっちだろうと、誰のせいでもない!結果はどうあれ、これは最高の旅よ!」

結果がどうであれ、後悔しない。

もう私は、なにものからも逃げない....。

マット!娘にそう伝えて頂戴!......

これは最高の旅よ......!

大まかに、こんな台詞だったと記憶していますが実際は、もっと素晴らしい内容だったかもしれません...(^^;

そして炎に包まれた機体で大気圏を通過し中国の海に落ち無事帰還します。

浜辺へたどり着き力強く大地を踏みしめて立ち上がったと同時にエンドロールが画面いっぱいに現れる...



とにかく胸があつくなること請け合いです!

珍しくパンフレットまで購入しちゃいましたので、パンフレット内の監督の言葉やその他の言葉を抜粋して最後に紹介します。



何かを《生み出す》ような生命力を感じさせる映画にしたかった
アルフォンソ・キュアロン監督

「死」と「誕生」を象徴する物語
町田智浩(映画評論家)

人間存在の内側にある深遠な真実
名越康文(精神科医)

「孤独とは、港からはぐれて大海を漂流することではなく、自分自身を、本当の自己を探す機会なのです。私たちが何者であり、この美しい地球にいられるわずかな時間に、私たちがどこへ向かっているのかを知るための」
アン・シャノン・モンロー(アメリカの小説家)

アルフォンソ・キュアロン監督
ーサンドラ・ブロックを主人公に選んだ理由についてー

~何が感動したかって、僕らは宇宙について話すこともなければ、テクノロジーについて話すこともなくて、とにかく映画のテーマについてのみ話し合ったんだ。

<それは、逆境に遭うということと、そしてそれを克服して、生まれ変わるということだった。>

僕もサンドラもそのときのプライベートな人生においてそういう状況に直面していたしね。
もちろん、基本的には、主人公が危機に直面し、そこから脱出するというスリリングな物語なんだけど、僕らはそこにより大きなテーマを描きたいと思っていたんだ。それでサンドラが、この映画のテーマを理解してくれているというのは明らかだった。だから、僕はそのとき、「僕のコラボレーターがここにいる」と思えたんだ。
決定的な瞬間に思えたんだよね。
実際、彼女の意見を聞きながら、脚本を変えていったしね....



絶対に観る価値のあるとても素晴らしい映画です!
映画館へ足を運んでみてはいかがでしょう?(^-^


ニューヨークの恋人.....☆



2001年と古いですが.....
118分の米国のロマンティックコメディー作品

ご存知ラブコメ女王メグ・ライアン
[ケイト]
ウルバリンで先日来訪した女性に人気のヒュー・ジャックマン
[レオポルド]
リーブ・シュレイバー
[スチュアート]
この方も言わずと知れた名俳優

大まかな粗筋***
ニューヨークに生きるバリバリのキャリアウーマンのケイト。
しかし現実は恋に敗れ自尊心を保つかのよう仕事に没頭するも無意味で自分にとって嫌な事でさえ受け入れ続けないと成り立たない暗い偽りの日々.....

対して、1876年のイギリス貴族のレオポルド。
しかし彼も財政難の為、家名を守る義務があると叔父に、金持ち令嬢との結婚を迫られ、受け入れ難い現実に思い悩む日々...偽りの人生を歩むしかないのか....と心が揺れ動いていた時、思いがけず
スチュアートに出逢い、追いかける。
結果、時空を超え現代にタイムリスリップしてくる.....

元彼のスチュアートのマンションで出逢うケイトとレオポルド...
果たして、どんな展開が.....?

有料放送を契約しているので何の気なしにに観たのですが前半は相当笑えます(°▽°)

スチュアートが飼う犬の「バート」これまたよく訓練入って名役犬☆メチャメチャ可愛いです!

タイムスリップし混乱するレオポルドの貴族口調で語られる名言とも言っていいセリフの数々。

スチュアートが必死に説明するも.....

こんな事は初めてだ。一言も理解できん.....(真顔)

ひょんな事からバートを散歩に連れニューヨークの街へ足を踏み出すレオポルド。

そんな時、婦人警官に声をかけられる。

婦警「片付けてちょうだい!」

レオポルド
「今.....なんと.....?」

婦警
「糞を拾ってゴミ箱へ」

レオポルド
「ご冗談でしょ?」

婦警
「飼い犬に糞をさせて、掘ったらかすのは条例違反よ」

レオポルド
「条例違反?犬の排泄物は、手づかみで捨てねばならないという法律があるのか?」

婦警
「ツベコベ言ってないで、ウンチを拾いなさい」
レオポルド
「慎んで、お断りする。」
..........といった感じです(笑)


中盤から後半は、ロマンティックな中にもレオポルドの生き方の姿勢にふれ変わっていくケイトの心情が、とても哲学的で1度で2度美味しい映画だなと思いました(*^^*)

ケイト
「公爵様?」

レオポルド
「生まれはそうだが、心根は違う」
*******
ケイト
「 本当の私は、とても臆病なのよ.....」
レオポルド
「真の勇気とは、それが喜びであろうと危険であろうと未来にあるものをしっかりと見据えて恐れずに足を踏み出すことだ...」



まぁ....普通の男性が言ったらドン引きするようなキザなセリフも、何て謙虚で紳士的というふうに感じさせられるのは、この人だからでしょう.....(^^;

レオポルドがケイトに宛てた文面
~昨晩あなたの美しさに陶酔し、失礼な態度をとってしまったことを、お許し下さい..........~


ケイトの広告会社のCM作成を二人で、一緒にやめようというレオポルド.....

レオポルド
「まるで価値のない活動に加担していると解ったら、その時点で勇気をもって撤退すべきだ。」

とても深い言葉が印象的でした。
ロマンティックコメディーですが.....

いつの時代においても、女性が男性に求めるものは、ただ一つ。
下手な小細工や手段は、物事を、ややこしくするだけです。
本来の自分を見失い誤魔化し偽った生き方の先には混乱と破滅しかまっていない.....
正直で誠実なものには叶わないのだと思います。

正直で誠実とかいうことにおいては男女共に言える事だと思うのですが...
自分にも、他人にも正直で誠実ということが時として一番、貫き難い勇気のいる行為なのかも知れません.....


それと最後にスチュアートが自分は
[虹を見た犬]なんだ.....と看護師のグレッチェンに言うセリフがあります。

わかっている
イカれた話だよね
イースト・リバーに"時"の"裂け目"を見つけたなんて.....
言っとくが.... グレッチェン
それは犬が"虹を見た"と言うのと同じことなんだ。
犬っていうのは....
色がみえない
人間は時間を感じるが目では見えない~

そこのイスのように手で触れる"時”がある
そのように"時"を目で見ることが出来たら
"時"というものに付いている"傷"も見ることが出来る
そうだろう?
僕がそれを見つけたという簡単な話さ
誰にも見えないイスの傷が僕には見えたんだ
僕は"虹を見た犬"なんだよ
他の犬は
僕を信じないけど.....

グレッチェン
わたしは信じるわ.....

********
[虹を見た]その真実は誰も否定する事など
できない、奪うことのできない心の自由.....
真実を何者にも揺るがされる事なく受けとめ進むことの誇りのほうが、どれだけ重要か.....


其々の主人公達の心情にシンクロする深い哲学を感じさせられました。

心に栄養をもらえる名画ではないかとおもいます.....。

NEVER LET ME GO

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最近、クローン技術や臓器移植などの事をTVや書物で見聞きする事があると、
どうしても脳裏に強烈な嫌悪感と共にある小説の事が蘇ってしまう。
数年前に英米でベストセラーになった小説「私を離さないで」
NEVER LET ME GO_カズオ・イシグロ



解説(配給会社解説より)  イギリスの文学賞・ブッカー賞受賞作家カズオ・イシグロの小説を基に、傷つきながら恋と友情をはぐくみ、希望や不安に揺れる男女3人の軌跡をたどるラブストーリー。

『17歳の肖像』のキャリー・マリガン、『つぐない』のキーラ・ナイトレイ、『大いなる陰謀』のアンドリュー・ガーフィールドといった若手実力派スター3人が豪華共演。

詩情豊かでみずみずしい映像と、ドラマチックな展開の果てに待ち受ける衝撃と感動を堪能したい。



あらすじ 外界から隔絶された寄宿学校ヘールシャムで、幼いころから共に日々を過ごしてきたキャシー(キャリー・マリガン)、ルース(キーラ・ナイトレイ)、トミー(アンドリュー・ガーフィールド)。

普通の人とは違う“特別な存在”として生を受けたキャシーたちは、18歳のときにヘールシャムを出て、農場のコテージで共同生活を始める。



小説を読んですぐに映画化のアナウンスを知り、一年ほど待って初日に北天神のミニシアターにも行った。 ″介護人″キャシーが″提供者″達の世話をしていた頃の記憶を静かに思い返していくストーリー…



ちょっとした事前情報を知ってこの映画を見れば、この2つのキーワードだけでも相当な想像力を掻き立てられると思う。



先に小説を読むと、映像で表現されたそれは、いつも物足りなくて残念なケースが多いけど… この映画は、とても奥深く巧妙に仕上がっていたと思う。



この話は、青春物とか、ラブストーリーと評される事が多いけれど、見方によってはとてつもなく深い哲学を孕んでいる。



そこにはもっとも大切な "命" や "人間" についてが描かれていて、私たちは受けとるものがたくさんある。 単なる"物語”として通過するにはとてももったいない深い深い話…





※マークからネタばれ※で終わりますので まっさらで挑みたい方は※まで読まないで下さい!





※※※※※※※※※※※※※



簡単に言うと〈提供者〉とは特定の個人が自分の病気の際に手っ取り早く臓器提供で治療するために、あらかじめ相応の投資によって自分の遺伝子から作らせたクローン人間のことである。



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驚く事に未来ではなく過去1970年代という設定に於いて裕福な人たちは、今日の生命保険よろしく自分の健康の危機に備えて、絶対に拒絶反応の起こらない臓器の為に、1個の人間をこの世に産み出し、 そしていざというときに、情け容赦なくそこから取り出した臓器を利用するのである。

さらに残酷な事に〈介護人〉とはその提供者の中から選ばれる、提供人間の世話役であり監視役のことなのだ。

生まれながらに”option”として長閑な田園にひっそりたたずむ寄宿学校ヘールシャムという閉鎖的な空間の中、

毎週行われる異常なまでの健康管理と健康診断… 子供達はヘールシャムの敷地から外に出ることを固く禁じられ

〈外の世界は恐ろしく危険で禁止を破り外に出た生徒は帰ってくる事はない…〉

という伝説が巧妙に囁かれ

子供達は″特別な存在″という白々しい言葉と、巧みな操作様々な刷り込みと共に育て上げられる。



心を痛めた末、授業中に生徒達に真実を告げるルーシーという教師も登場する。



「あなた達はオリジナルと呼ばれる人達の為の

″特別な存在″で提供を一回するだけのものもいれば大体最高で三回も提供する優秀な提供者もいる… そして何度かの提供をしコンプリート〈終了〉し″完了″するのよ」と…

それを聞いてもなお脱走や抵抗を知らない子供達。

ヘールシャムでは子供達に作品なるものを執拗に作成させ、優秀な作品だけは「ギャラリー」という場所に保管されると彼らは信じている。 週に何度か、その優秀な作品と引き換えに使い古しの服やボロボロの人形、おおよそ普通では喜ばない品々を喜んで宝物にする子供達…

巧みな引換券…

平均寿命100歳の世界…

クローンは平均の数にさえ入らない。

クローンの人権など完璧に無視した信じ難いほどモラルの欠如したオリジナル達(ノーマルな人間)

提供をして生き延びても更に次の提供をし続けなければならない過酷さ。

コンプリート(終了、完了)する日まで…

日に日に衰弱していく仲間達… そんな酷い現実から逃げる如く、幼い頃にギャラリー内で優秀な作品を残したトミーはその作品の高評価により、執行猶予が与えられると信じ込み、 その僅かな望みを支えに生きていく…

しかし、その実態はクローンに魂が存在するか否かを見極める単なる研究、実験に過ぎない。

しかもクローンに魂は無いと、どこかの

学者が既に決定、決断していて望みなどないと…

無慈悲なまでの元校長の説明、そしてかわいそうに…という憐れみの言葉…

全て絵空事で望みや希望など最初からなかった事を知り失意と絶望の中、取り乱し泣き叫び苦しむトミーの姿…

トミーの終了をなす統べなく見守るキャシー

それはあまりにも無為で真っ暗な彼らの短い人生に、ほんのり灯ったろうそくの炎のようだった オリジナルと呼ばれる、

提供をうける普通の人間が存在し、自分達の役割に気づいてもなお洗脳された思考で彼ら曰く、その”使命”を果たす為だけに生きる。 使命が終わると”終了”なのに…

彼らが織り成す様々な 表現が、あまりにも見ていて悲しく切なくやるせない



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最後に失くしたものが集まる美しい場所へ一人訪れるキャシー…… それをバックにナレーションは流れ、遂に臓器提供の召喚が彼女にも来た事を告げられる…



※※※※※※※※※





まず言っておきたいのはクローン技術や臓器移植手術などの善悪に言及するつもりはないという前置きの上で、私が感じるのは…

この物語にはハッキリと断定できる悪についてはその実態も端緒も描かれてはいない。



作者や監督が投げ掛けている題材は、あらゆる日常に孕んでいる、知らず知らずのうちに自分以外の他者から何かを搾取しようとする悪意…

現代社会では血の繋がった親子関係にさえ、それが存在したりもする事への警鐘の様に受け取られて仕方なかった。



主人公のキャシーに対して、ラストシーン間際に私は

「自分の中にもとからあった声、哲学、力を思い出して!そして逃げて!」

そう叫びたくなる衝動に駆られると共に、

この物語は"私の中”にインストールされた大事な作品の1つになった。

ベルヴィル・ランデヴー


そもそもアニメ映画を捕まえて、「マンガ映画」と公言してやまない私!?
そんな、アニメなんてさほど興味ない私の目に不覚にも何とも不思議に釘付けになる画面が、深夜テレビの画面から、とびこんできた…!Σ( ̄□ ̄;)
途中から見て、この心の奪われ様は買うっきゃないと毎度お馴染みAmazonで購入。
(サントラまで買いました。超オシャレ)

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お婆ちゃん、孫息子、犬、こんなキーワードなら感動もんか涙もんでしょと思いきや 見事に裏切られる作品。



しかし見 方によっちゃ感動までせずとも “何か"をもらえるんではないか・・と思う。 いちいちキャラクターのデフォルメに 愛嬌があったり皮肉たっぷりだったり その個々のスタンス、人物像が説明ぬきに伝わってくる。 なんせセリフなんてほとんど無いわけですから 親切ちゃ~親切(笑) 物語は両親のいない孫息子シヤンピオンを不憫に思い愛してやまない、お婆ちゃんと愛犬ブルーノの話 内気で全く何の意欲もないシヤンピオンに、小さな子犬ブルーノを与えるが喜んだのも束の間…

やはり喜怒哀楽が極端に少ないシャンピオンに、悩むお婆ちゃん… そんなある日、唯一興味を示した自転車を喜んで買い与えるのでした。

好 きな自転車を、お婆ちゃんのサポートでそのままこぎ続けて 立派に成長しちゃったシャンピオン… なんとツール・ド・フランスに出場するまでに! そしてその大会で事件に巻き込まれてしまいます… そんな孫を救うため長い旅路の末 ベルヴィルという町へ愛犬ブルーノと共に辿り着く… そこで出会う三人の老婦人… さて、お婆ちゃんはブルーノと共にシヤンピオンを救い出せるのか?? ネタバレしないよう極力はしょりましたが(^-^; アメリカ文化への強烈批判やら、世を恨むような気持ちの悪さの両極に

人の温もりや優しさ愛情がみれてとれる、なんとも深いアニメーションだな

と私は思いました。



お婆ちゃんの無償の愛情。

無償の愛情ってものは、優しさは勿論の事、勇気や知恵や強さや

色んな凄いパワーが止め処なく溢れでるんだろうな…

犬にも、その無償の愛情をオーバーラップさせてみると、決して可愛くはなく

描 かれたブルーノさえ愛しくみえてくる。 実際、犬達は無償の愛情をくれる存在。 それをいい事に、気持ちいいほど犬を利用し倒す、お婆ちゃん。 はっきり言って動物虐待みたくうつるんだけど… そこはアニメっちゅー事でひとつ! しかし、この作者かなりの犬好きと私はみた(笑) 頭を柔らかく心を柔軟に、ご覧になって見ては、いかがでしょう。 1度はみる価値あり!?かもです(^^)d





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「おまえもあんな夢、みてるの??」



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デンジャラス_デンゼル


先日、旦那とDVD 屋へ!

目的の映画があるわけではないのでマタ~リ店内をウロウロ徘徊して見て回り(^^;

旦那が、これ見たかったんだよねぇ~と私に差しだ出した。

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出た!!見るからにアクション物!?
デンジャラスラン!?     ドンパチやって逃げ回る…
そんな単細胞な予測が頭に浮かぶけど…一応訝しい顔で説明を…

デンゼルワシントンが主演で、しかも悪役!?的に紹介してある(驚)
デンゼルに悪役とは今までの彼の作品では有り得ないというかイメージが湧かない。
(決める基準と視点が変わってるかなと思うけど…知らん。)

少々ネタバレ有りの感想文です。

デンジャラスラン~というだけデンゼルワシントンがよく走ってて、
タイトル…デンゼルランにすればよかったんじゃない!?
とか思った(笑)

  しかしデンゼルさん…オーラというか…佇まいの重みというか存在感が凄い…
この人一人でカラーが、どんなにでも変化する。本当凄い役者だと感じた。

まぁこんな事が現実というか…
リアルなんだろう…
“現実は小説より奇なり”
実際は、もっと酷いかもしれない…

映画の中では最初から観客にフロスト(デンゼル)が”悪“という固定観念を
刷り込まれ、全体的にこういう人間の思考の怖さとか…メッセージ性を感じた作品。

木偶の坊かと思わせて結構やってのけちゃう新人工作員(マット)と
悪役前提フロスト(デンゼル)の二人の心理抗争劇!?

二人が徐々に心を通じあわせ、フロストの考え方に触れ、感化され共鳴し
やがて真実にたどり着くマット…

クライマックスで二人の言葉を深く捉えられれば
更に面白みと重さを感じられる哲学的な話、という視点から私自身、
凄く良い作品と思った…

最後、CIA のタヌキ上司とマットの会話の中、
“事実と反する”事を伝えるマットに対し
“今さら誰も真実など求めない。面倒な事柄から逃れたいだけなんだ…“
(なんだその理屈�大嫌い~ッ!!)

更に陰湿な空気の中続けられる会話…“脅しと操作…”
しかしマットは“後はお任せを”とニッコリ…

さてマットは悪魔になるか天使になるか??

*特典映像の中でデンゼルが撮影の際、非常に役にたったと紹介した

“良心をもたない人たち”という書籍も…

Amazonで即買いして読みました。
これまた興味深い・・

サイコパスについて掘り下げたこの本の事は、
簡単にどーのこーの批評するには重たすぎて、
旦那から、やめとけ~!!?な指摘、、
(別に構わんけどねぇ~(笑))

でもその記事は、いつか書きたいと思う…
 

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